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音楽に歌詞が必要なのかついて真剣に考えてみる

考えたことを箇条書き。脳みそのログ。

・言葉には力がある。人はそれに反応する。
よくも悪くも惹かれてしまう。

・それが音楽に必要なのか?
演奏だけの曲と歌のある曲、どちらが心に残るかといったら歌のある曲だろう。

・しかし純粋な音楽に言葉は必要ない。
クラシックに詩を付けるなど、蛇足。

・「音楽に国境はない」というのは、ある意味大嘘。
日本語の歌は海外で売れないし、外国語の歌は、日本で売れない。
言葉を言葉として捕らえる人間には外国語の歌は理解できない。
しかし言葉がなければ通じる。
国境のない音楽というのは、言葉がない音楽。

・音楽とは何か?
自分の感情や言いたい事や美しいと思ったものを表現するのなら
言葉は一番手っ取り早い表現方法。
それを音だけで完璧に表現するのは困難。

・しかし、聴いて心が動かされる音楽というのが純粋な音楽ではないか。
歌詞を付けるのは注釈を付けた絵のようなものか。
漫画とイラストレーションの違い?
純粋な絵に近いのはイラストレーション。
しかし漫画も漫画というジャンルで確立している。

・日本語ラップについて。
個人的に反吐が出て苦笑いするほど嫌いだが
それは歌っている人間が嫌いだからなのか
それとも歌詞が嫌いだからなのか
多分日本語ラップが嫌いだという先入観があるせというのが一番だ

・韻を踏むことが困難な日本語でラップをするということは
歌詞が無理やり韻を踏むようなものになるか
韻を踏まないものになるかで
韻を踏まないとラップの持つ「韻を踏む」という音の気持ちよさを殺し
それはラップではない
逆に韻を踏むとそれ以前から存在する「ダジャレ」という日本文化が
日本語ラップを(笑)なものにしてしまう

・そもそも文化的に銃もドラッグも犯罪も人種差別も少ない日本で
ラップが流行るわけがない
土壌がない光がない水もなけりゃ空気もない
種をまいても育つわけがない

・↑この文章韻を踏んでいるが
ないないないない同じ言葉をつかっているだけ
よしいくぞう

・とかなんとかいっているが
日本人のいわゆる礼儀正さとか他人を批判するのを恥じることとか
そういったならわしとかがなくなって
多分数年後、数十年後には日本語ラップというラップに影響を受けたわけのわからないものが
完全に成立しているんだろう。
クズみたいなDQNが正社員への不満やヤクザへの憧れをラップ。
最低な未来だな。

・つーか日本人だって普通に今洋服きてるな。
体系に洋服が合っていようがなかろうが。
・・・うーん

・日本語ロックについて。
日本語でロックを歌うのも本来無理がある。
日本語ロックというのは日本語ロックというジャンルでロックではない。
日本語と海外のロックは合わない。だからロックを日本語用に変えざるを得なかった。
それが日本語ロック。
それはそれで確立しているのだろう。

・日本にロックが入ってきたとき英語で歌うべきか日本語で歌うべきか論争が起こったそうだ。
結果は今のとおり。
40年前の日本人が今の若い人の音楽聞くとどんな気持ちなんだろう。

・ロックやパンクは昔は歌詞が純粋に社会にことや自分たちのいいたいことを歌っていたのだろう
愛の歌だって重かったはずだ
今は酷いな

・いいたとえが浮かんだ。
英語の演歌が成り立つか?
これが日本語でロックやラップが成り立つかという問いの回答だ。
・・・想像してみたらけっこう成り立ってた。
でもどこかぎこちないんだよな。

・逆に考えると
まず言葉ありきで
そこに音楽を足してロックやラップや演歌が出来たのだから
逆はできないのが普通か

・いつのまにか主題から外れていたけどなんとなく答えが半分は出た。
音楽に歌詞は必要か不必要化ではなく
歌詞から音楽ができたのか
となると必要・・・と一瞬思ったが
べつに元がなくても分けて考えればいいじゃない
タコの入っていないタコ焼きが好きな人間だっている、おれだ

・ああ・・・またいいたとえが出来た
洋楽はたこ焼きだ。タコが歌詞で焼きが演奏。
タコがなければたこ焼きと言えないけれど、味の殆どを決めるのは外見だ
入っているものがイカやウインナーだと違和感がある。
もっとあう「焼き」があるはずなんだ。

・歌について考える。
歌はメロディと詩とあとリズムとかで出来ている
そのメロディで感動することもあるだろうし
詩で感動することもリズムで感動することもあるだろうけど
完璧なものは少なく不完全なものが多く
音楽が好きでも歌が嫌いとか
絵は上手いけどストーリーがつまらない漫画みたいな
完璧な音楽が完璧な歌と演奏だということだったら
とてつもなくハードルが高い

・言葉の音について考える
カリフォルニケーションを無理やり日本語にすると
どぅリームぉーかりふぉーにけーしょーぅん
日本語にすると
ドリームオブカリフォルニケーション
母音が一気に増える
これがロックを歌えない理由か
日本語訳すると
カリフォルニケーションの夢
これであのメロディーを歌ったら酷いな

・日本語は音楽としは
特徴として母音が多すぎてロックにあわないのか
だから演歌や民謡のような曲が日本語から生まれたのか

・韓国語や中国語で歌われたロックを想像してみる
中国人韓国人が好き嫌いは置いておいて
ありえないな、言葉としてやっぱりあっていない

・本題本題、本題にもどると
音楽、楽器を触ったことがある人だったらわかるだろうけど
楽器から音が出るだけで楽しいしそれが他人とからまると本当に気持ちいい
その音楽は心を躍らせる

・それと同じように人間の本能的な部分で
歌を歌うということがある、人間は歌を歌うことが出来る生物だ
歌を歌うには詩があったほうが歌いやすい、鼻歌やラララでは単調だし覚えられない
そういう意味では歌詞は必要だ

・必要かどうかというか
きくがわがいるかどうかということなきがしてきた
おれはいらん
というか英語だったらなでもいい
ドイツ語とかロシア語とかより英語が聴きなれているからかいちばん期着心地がいい気がする


つかれた しかもよくわからん おわり
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by mmgr | 2009-06-27 02:08 | 日記